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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)264号 判決 1999年1月28日

兵庫県神戸市中央区熊内橋通三丁目3番25号

原告

株式会社加美乃素本舗

代表者代表取締役

宮崎幸三

訴訟代理人弁理士

萼経夫

村越祐輔

館石光雄

アメリカ合衆国、ニューヨーク州、ニューヨーク、フィフスアベニュー767

被告

プリスクリプティブス インコーポレーテッド

代表者

レスリー エイ モラディアン

訴訟代理人弁護士

福島栄一

高橋美智留

宮崎裕子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成2年審判第14088号事件について平成9年8月4日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙A表示のとおり、黒地に、白字で「PRESCR-IPTIVES」の欧文字を上段に、「SKIN ENERGIZER」の欧文字を下段にそれぞれ横書きしてなり、旧第4類「せっけん類(薬剤に属するものを除く。)歯みがき 化粧品(薬剤に属するものを除く。)香料類」を指定商品とする登録第1797945号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である(ただし、本件商標の指定商品は、後に、「化粧水クリーム」に限定された。)。なお、本件商標は、昭和56年3月20日に登録出願され、昭和60年8月29日に商標権設定の登録がされたものである。

原告は、平成2年8月6日に本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平成2年審判第14088号事件として審理した結果、平成9年8月4日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年9月27日にその謄本を原告に送達した。

2  審決の理由の要旨

別紙審決書の理由の一部の写しのとおり(なお、引用商標は、別紙B表示のとおりのものであって、その指定商品は旧第4類「頭髪用化粧品」である。)

3  審決の取消事由

(1)  審決は、本件商標は「PRESCRIPTIVES」の部分が見る者に強く印象されるのに対して、引用商標は全体をもって一連にのみ認識されるので、両商標は相紛れるおそれがない旨判断している。

しかしながら、両商標は、ともに「エナジャイザー」の称呼を生じ、称呼において共通するものであるから、審決の上記判断は誤りである。

すなわち、本件商標の上段の「PRESCRIPTIVES」の部分が自他商品の識別力を有することは審決説示のとおりであるが、下段の「SKIN ENERGIZER」の部分も、単なる付記ではない。そして、このうち、「ENERGIZER」は、普通に用いられる英語でないので、自他商品の識別力を有するというべきである(これに対して、「SKIN」は、皮膚を意味する普通に用いられている英語であって、指定商品の用途等を表示するにすぎない。)。一方、引用商標の「ENERGI-ZER」の部分が自他商品の識別力を有することは、上記と同様である(これに対して、「SCALP」は、頭皮を意味する普通に用いられている英語であって、指定商品の用途等を表示するにすぎない。)。

ちなみに、「ENERGIZER」の標章が自他商品の識別力を有することは、同標章及び「エガナイザー」のみからなる商標が、旧第1類「薬剤 その他本類に属する商品」を指定商品として商標登録(登録第1734078号)を受けている事実からも明らかである。

この点について、被告は、本件商標において見る者に強い印象を与える部分は上段の「PRESCRIPTIVES」の部分であって、下段の「SKIN ENERGIZER」の部分ではない旨主張する。

しかしながら、商標が上下2段の標章からなり、各段の標章が独立して自他商品の識別力を有するときは、各段の標章がそれぞれ類比判断の対象とされるべきである。

(2)被告は、原告が本件審判手続及び本件訴訟手続において本件商標及び引用商標の「ENERGIZER」の部分は自他商品の識別力を有する旨主張することは、信義則上許されない旨主張する。

しかしながら、被告は、原告の登録商標「スキンエネライザー」の登録異議事件において、本件商標の「SKIN EN-ERGIZER」の部分に自他商品の識別力がある旨主張しているのであるから、被告が原告の上記主張を信義則に反すると主張することは失当である。

第3  被告の主張

原告の主張1、2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、本件商標と引用商標とは、ともに「エナジャイザー」の称呼を生じ、称呼において共通する旨主張する。

しかしながら、本件商標において見る者に強い印象を与える部分は、審決説示のとおり、上段の「PRESCRIPTIVES」の部分であって、下段の「SKIN ENERGIZER」の部分ではない。のみならず、「SKIN」と「EHERGIZER」の間には軽重がなく、全体として発音され、全体として特定の観念(皮膚に活力を与えるもの)を生ずるから、「ENERGIZER」の部分のみを取り出し、これが自他商品の識別力を有するというのは失当である。

また、引用商標の「SCALP」と「ENERGIZER」の間にも軽重がなく、全体として発音され、全体として特定の観念(頭皮に活力を与えるもの)を生ずるから、「ENERGIZER」の部分のみを取り出し、これが自他商品の識別力を有するというのも失当である。

2  なお、原告は、自らが出願人である引用商標の出願審査手続において、引用商標は(全体としての)造語であり、自他商品の識別力を有する旨主張して、商標権設定の登録を得た。

その一方において、原告は、自らが商標権者である商標「スキンエネライザー」の登録異議事件においては、登録異議事由に挙げられた本件商標の「SKIN ENERGIZER」の部分は自他商品の識別力を有しない旨主張して、登録異議の申立ては理由がない旨の決定を得ているのである。

したがって、原告が、本件審判手続及び本件訴訟手続において、本件商標及び引用商標の「ENERGIZER」の部分は自他商品の識別力を有する旨主張することは、信義則上許されないというべきである。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要旨)は、被告も認めるところである。

第2  原告は、本件商標と引用商標は、ともに「エナジャイザー」の称呼を生じ、本件商標と引用商標とは称呼において共通するから、類似の商標である旨主張する。

(1)そこで検討すると、本件商標は、別紙A表示のとおり上下2段の標章からなるものであるが、上段の標章が、下段より大きい文字で表され、かつ、「V」の文字の一部が意匠的に変形されていることによって、見る者に強い印象を与えることは、審決認定のとおりと認められる。

そして、「prescribe」(規定する、処方する)あるいは「prescription」(規定、処方箋)は、比較的使用される英単語といえるが、「prescriptive」(規範的な)は余り使用されない英単語であり、まして、これを名詞として使用することはない(当裁判所の顕著な事実である。)点をも併せ考慮すると、形容詞の末尾に「S」の字を付してなる本件商標の上段の標章は特異なものであって、取引者・需要者の強い注意を引くものと考えられる。したがって、本件商標は、上段の標章から「プリスクリプティヴス」の称呼を生ずるものというべきである。

これに対して、本件商標の下段の標章は、上段の標章より小さい文字で表され、かつ、「SKIN」(皮膚)は、児童でさえ知っている極めて平易な英単語であり、また「ENE-RGIZER」(活力を与えるもの)あるいは「EKERGIZE」(活力を与える)は、余り使用されない英単語であるが、平易な英単語である「energy」(エネルギー)を直ちに想起させるものである。

そうすると、本件商標の全体を観察した場合、取引者・需要者は、本件商標の下段の標章は、むしろ商品の効能、用途の表示にすぎないと理解すると考えられるから、本件商標の下段の標章が、「スキン・エナジャイザー」の称呼を生ずるとしても、これが上記上段の標章と切り離され、これのみで自他商品の識別力を有するとは解されず、まして、極めて平易な「スキン」を省略した「エナジャイザー」の称呼を生じ、それのみで自他商品の識別力を有すると解することは困難である。

(2)一方、引用商標は、別紙B表示のとおり文字の大きさ、太さに差がない1段の標章からなるものであって、「SCA-LP」(頭皮)及び「ENERGIZER」は、ともに余り使用されない英単語であるが、取引者・需要者がこれを「スキャルプ・エナジャイザー」と一連に発音することに困難はないと考えられる。したがって、引用商標は「スキャルプ・エナジャイザー」の称呼を生ずるというべきであって、「エナジャイザー」のみの称呼を生ずることはないと解するのが相当である。

(3)そうすると、本件商標と引用商標とが「エナジャイザー」の称呼において共通することのみを理由として、両商標の類似をいう原告の主張は、採用の余地がないといわざるをえない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、その余の点を論ずるまでもなく、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年12月1日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙A

<省略>

別紙B

<省略>

よって判断するに、本件商標は、別紙に表示したとおりの構成のものであって、構成中に「SKIN ENERGIZER」の欧文字を有しているところ、この欧文字は、同じ大きさ、同じ書体でまとまりよく表されており、その「ENERGIZER」の文字部分を特に強調し表している態様のものではない。

また、本件商標は、前記「SKIN ENERGIZER」の欧文字の上段に、「PRESCRIPTIVES」の欧文字が表されているが、この文字は、下段の「SKIN ENERGIZERの欧文字より大きい文字で表されており、しかも、そのうちの「V」の文字がやや図案化されていることもあって、本件商標に接したとき、下段の「SKIN ENERGIZER」の欧文字よりも見る者に強く印象されるということができる。

一方、引用商標は、「SCALP ENERGIZER」の欧文字を横書きしてなるところ、この欧文字は、同じ大きさ、同じ書体でまとまりよく表されているものであって、その「ENERGIZER」の文字部分を特に強調し表している態様のものではない。

また、請求人は、引用商標中の「SCALP」は「頭皮」を意味する語であるから、識別性が弱い、又は識別性がないものであり、引用商標の自他商品識別力を有する部分は「ENERGIZER」の部分にある旨主張し、関連する証拠方法として甲第3号証(商標「Scalp」出願書類、商願昭51-76463)を提出している。

しかしながら、甲第3号証中の拒絶理由通知書(1)に記載されている理由をみる限りでは、「頭皮」の意の英語「scalp」が、商品「せっけん類、化粧品」について、商品の品質、使用場所を表示するものとして普通に使用されている事実は認定されておらず、また、この英語が取引者、需要者に知られているかについても判断が示されていないものである。そして、他に、英語「scalp」が、「せっけん類、化粧品」の品質、使用場所、用途を表示するものとして普通に使用されている事実、また、この英語が、頭皮の意として取引者、需要者に知られている事実を認め得る証拠は提出されていない。

そうすると、取引者、需要者が、引用商標の「SCALP」の文字部分を、「頭皮」の意であって、商品の品質、使用場所、用途を表したものと理解するとすべき相当の根拠はないものである。

これに加え、引用商標は、前記認定のとおり、その「ENERGIZER」の文字部分を、特に強調し表している態様のものでないことを考慮すれば、この文字部分が独立して自他商品の識別標識として機能するとは認められないものであって、まとまりよく表されているその構成文字全体をもって一連にのみ認識されるものというべきである。

そうとすれば、引用商標は、その「ENERGIZER」の文字部分に自他商品の識別力があるとし、これを前提に本件商標と引用商標が称呼・観念を共通にする類似の商標であるとする請求人の主張は採用することができない。

そして、本件商標は、前記認定のとおり、その「PRESCRIPTIVES」の欧文字部分が見る者に強く印象されるものであって、引用商標と相紛れるおそれのない非類似の商標と認める。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に違反して登録されたものでないから、商標法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすべきでない。

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